【映画評】トガニ 幼き瞳の告発
【トガニ 幼き瞳の告発(原題:도가니)(2011)/ 韓国/ カラー/ 125分/ 監督:ファン・ドンヒョク 】
最近の韓国映画を語る上で外せない作品です。
このトガニという映画。僕が留学していた2011年当時、韓国で一大センセーショナルを巻き起こしていました。
「なんか最近映画見た?」なんて会話があろうものなら返事は必ず「トガニ見たよ」でした。
ただその後に「見たけど・・・・見ないといけない映画なんだろうけどかなりショッキング過ぎる。」なんて感想もついてきてました。それを証明するようにR18指定もついてます。
この映画のストーリーを簡単に説明すると
韓国の聴覚障碍者学校に美術教師として赴任してきたカン・イノ。そこで目撃する校長や教師による生徒への目も背けたくなるような性的虐待と暴力。何とかして内部告発し、裁判へ繋げるがそこに立ちふさがる理不尽な司法制度と現実がイノと生徒を追い詰める。。
ってな内容。もうストーリーからして重くて救いようのなさそうな話でしょ。
しかし韓国ではこれが大ヒットしました。
何故ならこの映画、実際にあった事件を題材にしており、尚且つ社会派サスペンス映画としてちゃんと良くできているからです。後付にはなりますがこの映画をきっかけに幼児虐待に対する法律の厳罰化(トガニ法)とこの事件の加害者の再逮捕・重い刑罰が改めて課せられました。
一つの映画が国を動かしたという事実からもこの映画が最近の韓国映画を語る上で外せない作品だということが言えます。
実際のトガニ도가니(坩堝)
まずは実際にあった事件の発生と映画化までの流れ。
事件は韓国の南方に位置する光州(광주)で起こります。光州インファ学校というろうあ者介護施設で2000年から2005年にかけ校長や教師による生徒(小学生低学年から中学生)への暴力と性的暴行、レイプが日常的に行われていました。それを他の職員と地域ぐるみで隠ぺいしていたのを内部告発という形で明るみに出します。しかし当時の裁判では苺練乳にメープルシロップと大盛りの砂糖を合わせたような超甘々判決が下ります(少額の賠償金と執行猶予つきの判決。そして事件を逃れた人や判決を食らった人もお金を払いまた職場に戻るというのが続出)。
当時これほどショッキングな内容にも関わらず世間から大した注目を浴びず(情報操作の疑惑も)、さらにどんどん事件も風化していきます。
それが新聞の三面記事に小さく載っているのを小説家のコン・ジヨンが偶然発見し、この事件を小説にします。
作者曰く「本当の事件は学校だけではなく地域ぐるみで広く深くたくさんの人が関わり、やっていることも本当に残酷で複雑だった。小説はその半分、映画はさらにその半分を描いている」という。映画を見てからこの発言を発見したときかなりショッキング。映画でも十分複雑で残酷やったのにさらにその倍の倍って。。
そしてその小説を当時軍隊に入隊していた「トガニ幼き瞳の告発」で主演を務めたコン・ユ(写真の男性)が上司の薦めでこれを読み退役後に映画化を熱望、実現させます。
映画では舞台を光州から霧の街ムジンに変え、上記の甘々判決が下るところまでを描きます。
映画としての「トガニ」
内容が内容だけに単によくある「あの事件を映画化!!」的な映画だとも思われますが、実際に社会派サスペンス映画としても良くできています。
序盤、舞台が霧の街ということと、初めて校長室に入る主人公のイノが目にしたのは天上鏡張りの異様な空間(この施設の二面性を表している)。虐待されてる児童に手をひかれ寮長が虐待を行う洗濯場まで階段を降りていくシーン(階段の下は真っ暗闇。これ以上降りるとこの施設の坩堝のような闇を知ることになるような暗示)。校長が児童にする手話。etc.
一つ一つのシーンでちゃんとした効果と意味があり、鏡張りや手話などどれもがちゃんとした伏線になっていたりします。この伏線の張り方が素晴らしい。
レイプ・虐待のシーンは演技とはいえ子役がトラウマになるんじゃないかと心配になるほど激しくショッキングで見てる側も目を背けたくなるくらい胸糞悪くなるような描写です※。このグロテスクさと映画としての一線のバランスが良く取れてます。そして子役の演技力は本当に素晴らしい。こういう子役の演技が下手で冷めてしまうことも良くありますがトガニに至ってはむしろそれで引き込まれます。韓国子役界、末恐ろしや。
終盤の法廷のシーンも目を離せられなくなります。施設側の弁護士があの手この手で屁理屈をほざくのをこちらもどうにかこうにか返して行ったり、産婦人科の立ち位置を不安定にさせたり、ただ喋ってるのをただ撮っていないだけでなく、序盤に張った伏線が活きてきたりと序盤のヴァイオレンスさから一転して静かにはなりますが終盤まで飽きさせず進ませられるのもすごい。持論ではありますがこの「法廷シーン」を上手く撮れる監督は良い監督です。
そして肝心の主人公のカン・ユノ。彼は善意に溢れていますが決して強く正義感に溢れた主人公ではありません。最初は虐待を目の当たりにしておきながら「これは教育です」なんて言われあっさり黙っていたり、最後もこの事件の判決が下った後、自分の生徒より自分の子供を優先しムジンを去りソウルに戻ります。その途中、裁判中に母親に「自分が今一緒にいるような子たちと同じように口と耳を塞いでろ」的なことを言われますが、そこでのヒーローでも偉人でもない自分が娘や家庭を蔑にしてまでやる必要があるのかと苦悩するシーンなどが善と悪の中間にいる僕ら一般人の共感を呼びます。
この他にも悪役が本当にいい味を出していたりするのですが長くなるのでここで割愛
以上のことからもこの映画が一級の社会派サスペンス映画としてできているのではないかと思われます。
監督自身も映画化にあたり「デリケートな事件の映画化なので、自分の売名行為だと思われてもダメだし、事件を映画化する以上世間に訴えるためにも興行的にも成功しないといけないので、相当なプレッシャーだった」っと並々ならぬ覚悟を語っています。そして校長役のチャン・グァンも「映画公開後、街に出歩けなくなった」と映画の反響っぷりが伺える発言を残しています。
そして何より映画の結末を映画の中に置かず、視聴者に託したことがこの記事の最初に書いたトガニ法の制定と再処分に至った要因ではないでしょうか?
重く陰湿な雰囲気漂う映画ではありますが、ただ単純に重い題材を抱えているだけではなく、ちゃんと映画としても大一級です。こういう事件がまだまだ氷山の一角に過ぎないとは思いますがその一端を知るためにも、知っておかないといけない内容だと思います。
※この部分に関しては細心の注意を払ったという。校長が性的行為を行うシーンではどういうシーンか説明せず「このおじちゃんが手を握るからその時に泣きわめいて」や一連のシーンを順番に撮るのではなくランダムにカットして撮った等。
悪役の皆様、本当は良い人です(笑)虐待シーン撮影後、笑顔で抱きしめて場を和ませたりと本当に気を使って演技しています。